岐路に立たされるタイの公的保険制度

タイには公務員とその家族を対象とした公務員保険医療制度(CSMBS)、民間の被用者が加入する被用者社会保障制度(SSS)、これらの制度が適用されない人々が加入する国民医療保障制度(UC)の3つの制度が存在し、ほぼ全国民をカバーし、制度上ではユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(国民皆保険)が実現されてきた。しかし急速な高齢化、医療費支出の急騰に伴い、現行制度がこの先も維持出来るか疑問視されている。

公務員保険医療制度(CSMBS)は、公務員(退職者含む)およびその家族が対象であり、カバー率は人口の約7%である。加入者は公的医療機関を利用でき、外来は出来高払い方式、入院は定額償還方式が適用される。外来は出来高払いの為、上限はなく一人当たりの支出額は他の2制度に比べて最も高い。タイの公的保険制度の中では最も手厚い制度といえるであろう。なお財源は税金である。

被用者社会保障制度(SSS)は、被用者本人のみが対象であり、カバー率は人口の約15%である。加入者は事前に登録した公立、私立どちらの医療機関でも受診できる。支払い方式は入院、外来ともに人頭払い方式である。財源は労使及び政府で折半拠出している。ただCSMBSやUCに比べて保険適用範囲が狭いため不満も多い。

国民医療保障制度(UC)は、上記でカバーされない全ての人々が対象の保険でありカバー率は約76%である。加入者は事前に登録した医療機関で受診できるが、登録可能機関のほとんどが公立病院である。外来、入院ともに30バーツ支払うことで診療を受けられる。外来は人頭払い方式、入院は定額償還方式が適用される。財源は税金である。

現行の医療保険制度の問題点として、まず財源を一般課税に頼っている点が挙げられる。その為、特に循環的な景気後退や構造調整の際に、財源不足に陥るリスクがある。

 

また各制度のシステム上の問題点もいくつか挙げられる。

公務員保険医療制度(CSMBS)の場合は、外来の出来高払い制度による支出額が近年急騰しているが、上限額を設けるなど改正への公務員の反発もあり有効な手立てがない。

同様に、国民医療保障制度(UC)の支出額も急騰している為、医療機関は最も患者数の多い国民医療保障制度(UC)でも他制度同様の保険料の徴収を求めているが、低所得の患者が医療サービスを利用することが難しくなるとの懸念から、政府は政策を推進できていない。

また被用者社会保障制度(SSS)の場合は、保障が本人に限定されている為、家族は国民医療保障制度(UC)を利用しなければならず、同じ家族でありながら受けられる医療サービスに差が出ている。さらに被用者社会保障制度(SSS)医療費に対応できない私立病院が多数あり支出を減らすどころか、社会保障庁(SSO)は予算の増加を公約している。

 

今後は、タイでも急速に高齢化が進み医療需要の増加による更なる医療支出増加が予想されている。現在65歳以上は人口の約11%、約750万人いるが、これは1995年の5%から倍増している。また高齢者人口比率(15〜64歳の生産年齢人口100人当たりに対する65歳以上の人口)も13%から、2050年には4倍の53.1%になると予測されている。

早急な財源確保が必要であるが、タイには税金拠出の対象とならない非公式経済の割合がGDP比の60%近くにものぼる為、政府は単純に租税を上乗せするだけでは、財源確保に繋がらない状況である。

このように高齢者人口の急増と非公式経済の拡大によって、タイ政府は税収の増加を見込めていない。医療保険制度をとりまく問題を把握しているが、微妙な政治情勢の中有効な手立てがないのが現状である。

 

3層構造の別の運営組織からなる複雑な保険制度見直し、税金のみを財源としない保険制度の確立、医療保険制度とその他の社会保障制度の兼ね合い、地域コミュニティ医療の効率的なメカニズムの開発、非公式経済の縮小等取り組むべき課題は多い。

タイ政府が今後どのようにこれらの課題に取り組んでいくのか今後も注視したい。